鉄道写真と飛行機写真の撮影紀
東日本大震災から10年の節目に、ようやく足を向ける決意が持てた三陸鉄道へ。当時の悲惨さと、復興への力強い意志と、変わらない三陸の絶景が出迎えてくれた。厳しい経営環境は続くが、ずっと応援していきたい。(全40枚・2/4)
【田野畑】田野畑駅の近くにある、三陸鉄道の車両を模した水門。高く積み上げられた堤防からちょっと強引に絡めてみました。
【島越】田野畑駅から少し南下したところにある島越駅は三陸鉄道でも最大の津波被害を受けた駅。駅前広場には遺構があります。
【島越】旗の掲揚台のような「津波高表示塔」が。このエリアを襲った津波の高さ17.9mを表したもの。その恐ろしさに息を呑む。
【島越】津波で壊滅的な被害を受けた島越駅で奇跡的に残った高架ホームへの階段。9段の階段が当時の凄まじさを残します。
【島越】島越駅にはもともと宮沢賢治の詩「発動機船」の歌碑がありました。こちらも角こそもぎ取られましたが奇跡的に残ります。
【島越】今では線路も堤防の役割を負っている島越駅の築堤を列車がやって来ました。明日への希望を感じさせる列車です。
【摂待-岩泉小本】岩泉小本駅のそばにある小本川橋りょうはコンクリート製の斜張橋。初期型の36形がやって来ました。
【岩手船越-織笠】旧山田線区間で貴重な海バックの場所。ふれあいパーク山田の国道対岸から撮影できます。
【宮古】この日最後に訪れたのは宮古駅。東日本大震災では奇跡的に浸水は免れ、三陸鉄道復旧への足掛かりとなりました。
【宮古】宮古駅にはJR山田線が少ない本数ながら乗り入れてきます。三鉄とJRが仲良く同居する駅名板です。